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静岡地方裁判所沼津支部 昭和32年(ワ)218号 判決

原告

右代表者法務大臣

愛知揆一

右指定代理人

家弓吉巳

本橋孝雄

名倉竹志

新美猛

前田隆雄

静岡県天竜市二俣鹿島十二番地

被告

斉藤陸司

右訴訟代理人弁護士

小石幸一

右当事者間の昭和三十二年(ワ)第二一八号不動産所有権移転登記手続請求事件につき当裁判所は左の如く判決する。

主文

被告は後記第一目録記載の不動産につき訴外浜松市船越町七十番地上野輝雄のため所有権移転登記手続をなすべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告指定代理人は主文同旨の判決を求めその請求の原因として、訴外上野輝雄は原告に対し昭和三十二年三月三十一日当時において後記第二目録記載の所得税の債務を負い現在に至つているものであるところ訴外村上善男外四名に対する金四百五十万円の債権(弁済期昭和二十九年二月二十四日)を右債務のため差押えられることを免れるため自己の使用人である訴外佐藤保夫を名義上の債権者となさんとして同人をして右債権につき村上外四名を相手方とする即決和解を台東簡易裁判所に申立せしめたが村上等が右和解の無効を理由として佐藤に対し同裁判所に請求異議の訴を提起するや佐藤は昭和二十九年二月二十六日後記第一目録記載の本件不動産につき右和解に基く代物弁済を原因として自己名義に所有権移転の登記をした上数日を出でずして登記簿上これを上野の実弟たる被告名義に変更したその後昭和三十二年四月十八日佐藤と村上等及び被告との間に東京地方裁判所において右請求異議の訴につき調停が成立し村上等は本件不動産が被告の所有なることを認め村上等が佐藤に対し同年五月十八日金百十万円、六月二十八日金四百十万円を支払えば被告から右所有権を村上善男又はその指定する者に移転することを約したが村上等は第二回の支払をすることができなかつたしかし前記債権は上野のもので従つてその代物弁済として取得せられた本件不動産の実質上の所有者は上野であり、佐藤、被告間の売買は仮装に過ぎないから上野は被告に対し本件不動産につき所有権移転登記手続を為すべきことを求める登記請求権を有する然るに上野は他に原告に対する債務を支払うに足る資産を有しないから原告は右債権を保全するために上野に代位して被告に対し右登記手続を求めるため本訴に及ぶと陳述し立証として甲第一号証の一、二第二号証第三号証の一乃至三第四乃至十八号証を提出し証人伊藤等、加藤孝之、浜口久太郎、田中栄蔵、村上善男の訊問を求め乙第二、三号証は不知その余の同号各証の成立を認むと述べた。

被告訴訟代理人は原告の請求棄却の判決を求め原告主張の事実中訴外上野輝雄が原告主張の如き所得税の債務を負担することは否認する昭和三十一年十二月十四日原告がその主張の税額につき更正決定の通知を為したことは認めるが上野はこれを争い行政訴訟中である上野が訴外村上善男外四名に対し金四百五十万円の債権を有したことは否認する右債権の債権者は訴外佐藤保夫である佐藤及び被告と村上外四名との間に原告主張の如き即決和解、訴訟、調停のあつたこと佐藤が代物弁済として、本件不動産を取得した旨の登記を了した上被告にその登記名義を移したことは認めるが右はいずれも実質上の権利関係と符号するものであつて本件不動産の実質上の所有者が上野であるとの主張は否認する訴外佐藤が村上等に本件貸付けをしたのは昭和二十八年三月二日、即決和解は同年四月一日、佐藤が本件不動産を被告に売却したのは昭和二十九年二月二十八日であつていずれも本件所得税の更正決定の通知以前であるから右支払を免れるため仮装の行為をなしたとの原告の主張は理由がないと答弁し立証として乙第一乃至三号証第四号証の一、二第五乃至七号証を提出し証人佐藤保夫、上野輝雄ならびに被告本人の訊問求め甲号各証の成立を認めるが同第四乃至七号証第十号証は誘導脅迫に基く陳述であると述べた。

理由

昭和三十一年十二月十四日訴外上野輝雄に対し原告主張の如き所得税額の更正決定の通知のあつたことは被告の認めるところである。被告が右税額を不当と主張して行政訴訟中であることは原告の争わないところであるが行政訴訟により取消されるまでは右決定は有効として取扱われ原告は右税額につき徴収をなし得ると同様債権者代位権の行使もまた為し得るものと解すべきである。昭和二十八年三月二日村上外四名が金四百五十万円を借受けたこと(その債権者が上野なるか訴外佐藤保夫なるかは暫く措く)訴外佐藤保夫と訴外村上善男外四名とが昭和二十八年四月一日台東簡易裁判所において原告主張の如き即決和解を為したこと、村上等が佐藤を被告として右和解の無効を理由とする請求異議の訴を提起したこと、佐藤は右和解に基き代物弁済により所有権を取得したとして本件不動産につき昭和二十九年二月二十六日自己名義に所有権取得登記を了した上同年三月一日被告に対して売買を原因とする所有権取得登記を為したこと昭和三十二年四月十八日佐藤及び被告と村上等四名との間に前示請求異議の訴において原告主張の如き調停が成立したが村上等は右調停において定められた金額の支払ができなかったため本件不動産を取戻すことができなかつたことは当事者間に争ないところであるただ原告は本件債権の債権者は訴外上野輝雄であつて佐藤は名義上債権者となつたに過ぎず従つて又右債権に対する代物弁済として本件不動産を取得したのは実質上上野であつて上野はこれを被告に売渡したことなく佐藤、被告間の売買は仮装に過ぎないと主張するに対し被告は上野は本件債権者でなく右各名義はいずれも実質上の権利関係と一致する旨主張するからこの点について按ずるに、成立に争のない甲第一号証の一、二第二号証第三号証の一乃至三第四乃至十四号証(被告は同第四乃至七号証第十号証は大蔵事務官の誘導脅迫により作成せられたと主張するが証人佐藤保夫の証言は措信し難くその他これを認めるに足る証拠はない)と証人伊藤等、加藤孝之、浜口久太郎、田中栄蔵、村上善男の証言を綜合すれば原告主張の如く本件元本四百五十万円の貸金債権の実質上の債権者は訴外上野輝雄であり単に名義上佐藤保夫を債権者となし同人名義を以て本件不動産を取得した上更にこれを被告に売渡した旨仮装したことを認めるに足るから訴外上野は何時でも被告に対しその所有権を主張し自己に対し所得権移転登記手続を為すべきことを請求し得るものといわねばならない(但し甲第三号証の三中以上の認定に反する部分は措信しない)乙号各証はいずれも前示当事者間に争のない事実即ち村上外四名に対する関係において佐藤保夫が債権者となり和解の申立を為し請求異議の訴において被告が参加して調停をなしたこと本件不動産の登記簿上の所有名義が佐藤を経て被告に移つたことを証するものであるが同第二、三号証は前示各証拠に照し仮装の内容を表示せるものと認めざるを得ないし又その余の各証も前示各証拠と照し合せれば上野と佐藤、被告との関係において何人が実質上の債権者であり所有者であるかの点を明かにするに足りないだけでなく却てこの点については事実に副わないものと認めざるを得ない従つてこれら各書証によつては前示認定を覆すに足りない又証人佐藤保夫、上野輝雄の証言被告本人訊問の結果は措信し難くその他前示認定を覆すに足る証明はない。なお被告は本件原告の税金債権につき更正決定の通知のあつたのは昭和三十一年十二月十四日であるのに本件貸金、即決和解、所有名義の移転はいずれもこれに先立つもので税金の支払を免れるために債権者乃至所有者の名義を仮装したことはあり得ないと主張するけれども本件所得税の更正決定の通知がたまたま後であるとしてもそのことだけでそれ以前になした債権者、即決和解の当事者、所有者の名義が仮装であり得ないとは言い得ない。更正決定の通知を受くる前に将来の事態を慮つてこれに備えることはあり得ないことでない。従つて右の日時の前後によつても前示認定を覆すに足りない。なお債権者代位権を行使せんとする債権が代位行使せられる権利よりも前に成立せることは代位権行使の要件でない。然るに上野が原告に対し所得税を現に支払わないことは被告の認めるところであり又これを支払うに足る資力を他に有しないことは被告の明かに争わないところであるから原告は債権者代位権を行使し上野に代り被告に対し本件不動産につき上野のため所有権移転登記をなすべきことを請求し得ることは明かである。よつて、原告の請求を正当と認めこれを認容すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条に則り主文の如く判決する。

(判事 元岡道雄)

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